たま~にウンチ袋忘れたりして
あわてて取りに戻ったりする飼い主ですが
コタローも忘れ物をします。

それもしょっちゅう。

コタローがお散歩に行くとき忘れるもの、それは・・・

やる気
絶対おうちに置いてきてるわ~みたいな日がある。

もう今日の散歩は日陰ぼっこでいーわ

夏は毎日忘れてきてましたけど
でも涼しくなってから持ってきてくれることも増えましたけど(笑)。

やる気のない日はロングリードでお誘いしても
歩く気もない。

置いてくよ~なんて陰に隠れても
通用しない犬でございます。

飼い犬にすごい冷静に見られてて
こっちが恥ずかしいわい。


あんまりウロウロする気分じゃないかもー

相変わらずモチベーションというものは
母親のおなかに忘れてきたようなコタローですが
それでも最近「トレーニング」らしきものに
やる気を見せるときがあります(当社比)。

もともと飼い主に似て(!)
ガツガツと意欲的な犬ではないので
一応「ツイテ」とか「マテ」とか
教えてはあるのですが
コタローにとってそれは
おやつをもらえるゲームみたいな感覚だったので
おやつに興味が失せるとトレーニングにも興味が失せる。

そんななのであまりコタローにはトレーニングってものを
真剣に教えたことがありません。

それが最近、コタローの知的好奇心(?)が湧いてきたのか
ロングリードで誘っても探索に行こうとしなかったのに
「オスワリっ」とか「コイ」とか「マテ」とかって
言ってみるととたんにやる気になったり。

そうそう、こういうのやりたいの

今思えばトレーニングもどきを教えた頃は
まだまだ「トレーニング」をやるようなレベルに
なかったんだろうなぁ、私たち。

それはコタローがそういう心境というか
状況になかったのもあるんだろうし
私との関係がまだまだできてなかったってことも
あるのかなぁ、と思ってみたりしています。

トレーニング的なものに対する意欲が高い犬なら
また違った感じなのかもしれません。

でもコタローの場合は
この3年の間に積み重ねてきたような
人間関係だったり
犬関係だったり
社会化だったりという土台ができてきて
初めてトレーニングに向かうことができるのかも。

よく犬のしつけとかトレーニングとか言いますけど
そもそも「しつけ」と「トレーニング」は
私にとっては違うものなんですよね。

しつけは私を含めた家族とコタローが
この今住んでる地域の中で
一緒に暮らすためのルールを教えること、かな。

この土台となるしつけというルールなくして
トレーニングに進んでも
無理があるような気がします。

家の中でのすごし方、留守番。
訪問客への対応。
引っ張らないお散歩の仕方。
カフェで静かに過ごすことや
お友達のうちへ行ったとき
病院へ行ったときのふるまい方。
人に慣れること、犬と関わること。
甘噛みや飛びつきの自己制御。
自分より小さいものへの対応。

そういうのが「しつけ」の部類で
コタローと私は3年かかって
(すんごいスローペースかも???)
ようやくひととおり形になってきたように思います。

もちろん、まだまだ完璧ではないし
これからもルールを確認しつつ
しつけを継続していくことになると思うのですが
やっともう一歩進んで
トレーニングのことを考えられるような
余裕がお互いでてきたのかもしれません。

もしかしてしつけ上手な人やトレーナーさんなら
しつけの中にトレーニングを織り交ぜたり
トレーニングしつつしつけをするなんてことが
できるのかしらん(^_^;)

とまあ、こういう感じで
コタローにせっつかれつつ
遅まきながら(?)
「トレーニングといふもの」を
考えてみる秋なのでした。

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コタローと私のペースだから
トレーニングもゆっくりゆっくりなんだろうなぁ(笑)

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夏服で着やせし、冬服で着ぶくれする柴犬。

左:夏服バージョン
右:冬服バージョン

体重はまったく同じなのがかえって怖い。