わりとよく誤解されがちなのですが
コタローは取り立てて「社交性」のある犬ではありません。

公園に来て空気のにおいを嗅ぐコタロー
今日は公園で芝刈りをしていたのでそのニオイがするみたい


お散歩会などで見るコタローは
実はずいぶんコタローの中では社交性を見せている方で
日常のお散歩では
知り合いの犬に会ったとしても
それが今現在興味のない状態だったら
あっさり無視するような犬です。

階段状になっているところでのボールキャッチはお好き

私の中では「社会性」と「社交性」とは
違うものとして考えています。

犬に必要なのは「社会性」だと思っています。
私が思う社会性は、「それに対し過剰に反応しないこと」。

たとえば相手が犬なら
主として見知らぬ犬相手に
めったやたらに吠えかからないとか
逆にむやみに寄っていこうとしないとか
しないで普通にスルーすることができる、ということが
まずオトナ犬としての第一段階。

さらに社会性がすすめられれば
相手が吠えかかって来ても
逆にたとえ友好的であったとしても異常な興奮状態の相手を
スルーできるということ。

コタローはこの「社会性」を身につけさせようと
いろいろなところに出かけたりして修行中の身の上です(^_^;)

たいしてキャッチもうまくないけど単調なボールレトリーブはお嫌いです

よく「うちの犬は挨拶できない」とか
「ほかの犬と遊べない」とか聞きますが
それは社会性ではなく社交性の範疇じゃなかろうか。

そして社交性は先天的に
もともと持ってる性格が
わりと大きく関係してるかなと思います。

社会性は後天的にに経験を積むことで
身につけていくことができますが
社交性は難しいんではないかと。

まあ犬はね、飼い主といつも一緒なわけですし
人間の子どものようにいつか独り立ちするわけでもないから
「誰とでも遊べる」「誰とでも挨拶できる」社交性は
無理して身に着ける必要はないんじゃないかなぁ。

犬の社交性がかけている部分は
うちは挨拶したがらないとか遊ばないとか
相手の飼い主さんに伝えればすむわけで
飼い主がカバーできるわけですし。


さて問題です。コタローはどこでしょう?


もちろん社交性もあったに越したことはないわけですが
社会性があれば十分犬は人間社会でやっていけると思うのです。

ただ、社会性が欠けている場合は
犬が精神的につらいと思うのですよね。

社会性がない+社交性がないケース。

外に出れば怖いものがある、緊張する、興奮する・・・
それでは犬が生活していくのはたいへんだから
犬のために社会性は
身につけてあげる必要はあるのではないかなと。


社会性がある+社交性がないケース。

一応、コタローはココを目指しております。
社交性はあきらめてるので(笑)。

まあこれはこれでいいかな~と思う。
社交性にかけるところは飼い主がカバー!がんばってカバー!
「そっけなくてごめんね~(^_^;)」

そのうちまわりも「ま、こたちゃんだからね」って許してくれる・・・たぶん???

柴犬秋の保護色化


そして社会性がある+社交性があるケース。
これは問題ないでしょうけど実は
社会性がない+社交性があるケース、が
いちばんたいへんじゃないかと思います。

一見犬好き人好きで、とってもいいように見えますが
実は経験不足で異常に興奮して相手に近寄ってしまうとか
相手が社会化不足だったりして
社会性に著しくかけるような場合は
ガブッと噛まれる可能性もなきにしもあらず・・・だったりして。




★おまけあります★


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TVの「これってアリですか?」(→Wiki

これに出てくるオードリー若林扮する「平田」に似てる・・・。